LESSON:2
エセル、ミハト、ナターリアの3人は場所を購買施設の中にあるカフェに移した。
「エルンドラの出現しそうな場所の目星はある程度はつく。だが、特定できない以上いくつか罠を仕掛ける必要がある」
「そうですね…この島の地図で行くと、どの辺りになりますか?」
エセルはいくつかのポイントを示した。
「ふぅん…5箇所ですか」
「どこも離れてるね…」
「じゃあ、保険をかけて反対方向も2箇所…ちょうどこれで7箇所、洩れが無いようにね」
ミハトが更に印を追加する。
「罠を張るには生餌が良いな」
「それなら、ネズミにしましょうか?すぐに調達できますしね。でも、その前に『ハイペリオンのたてがみ』を粉末にしてしまいましょう」
ミハトが提案する。『ハイペリオンのたてがみ』は粉末にして服用すると身体が発光する代物だ。
「どうして?」
「罠を張るなら夜に行かないといけない。でも、夜にたかだがネズミ程度の餌では見向きもしないでしょう。だから、例えばそれが光っていたら?」
「――気に、なるな。確かに…」
「それと、ネズミの身体にも粉末を塗しておきます。上手くすれば、エルンドラ自身が今度は目印の光を放ってくれる」
エセルは顎に手を当てて考えた。
「…賭け、だな。効果は持って1〜2日。事は慎重に起こさないとダメだ」
「とりあえず、今夜さっそく動こうと思ってるんですけど…」
「異存は無い。だが、行くのは俺とお前だけで良いだろう?」
「――っ!あ…あの、どうして、ですか…?」
ナターリアが声を上げる。
「夜に出歩くのは危険だ」
「だったら尚更の事、私を連れて行って下さい。私、破邪の呪歌が歌えます!」
「破邪の…呪歌?」
「はい」
ナターリアはにっこりと微笑う。
「そうそう、ナーちゃんの歌声ってモンスターを寄せつけないの」
「だったら、今夜は連れて行けないな」
「どうしてですか…!」
「エルンドラを誘い出す為に行くのに駆除してしまったら元も子もないだろ?」
「あ…」
エセルはキッパリとそう言い切った。
「だが…エルンドラを討伐に行く時には一緒に行ってもらう。エルンドラの巣に辿りつくまで無傷でいたいからな」
「――っ!はい!」
ナターリアは嬉しそうな表情をした。
「でも、エセル様。俺、正直言って…剣には自信がないんですけど」
「大丈夫だ。お前一人くらい守れないでどうする?何の為に俺が居ると思ってるんだ?」
エセルは真っ直ぐにミハトを見る。
「守るものがあってこそ、俺達《スペード》は真の力を発揮するんだ。俺はこの演習中、お前達を守ると誓う」
二人に向かってエセルは誓いの言葉を唱えた。《スペード》が用いるこの『誓い』はある種の呪文だ。自らに課した『誓い』は《スペード》の力を最大限に引き出す。
「だから、俺を信じてついて来れば良い」
そして、ナターリアの方を見た時、無意識にエセルが微笑った。エセルは自分が『守る』と誓った対象には極端に優しくなる。普段のぶっきらぼうな言動との格差に戸惑うものも居るほどに。ナターリアはそんなエセルをただただ眩しい存在だと思った。
(この人は、『光』そのものなんだわ…)
翌日、ナターリアは午前中を『月光蝶』について図書館で調べながらエセルとミハトの帰りを待った。昼過ぎになってミハトが迎えに来た。
「ただいま、ナーちゃん」
「お帰りなさい、ミハくん。どうだった?」
ミハトはにっこり笑った。
「バッチリ!巣を発見したから月曜の夜が勝負だ。今から作戦会議するからナーちゃんも行くんだよ」
「えっ?行くってどこに?」
「エセル様のお家、『椿亭』だよ」
《スペード》Aに与えられる邸宅、それが『椿亭』である。
「…緊張するね?」
「そう?俺たち、今朝方帰って来たから一緒に休ませてもらったんだけど、別に緊張はしなかったよ?」
「ミハくん、そういうの気にしないもんね…」
(私は…ちょっと緊張しちゃうな)
『椿亭』は敷地内に椿の木が植えられていた。木造2階建て、桟瓦葺の寄棟造になっている。不思議なのは2階に入り口がある事だ。
「2階から入るの?」
「うん。下から入ろうとすると庭に回らなきゃダメなんだよ。それに、下の階はヒュークリッド様が主に使ってるから、できれば私室の方が良いんじゃないかって思ってさ」
「そう?」
「うん。ほら、今は演習中だし、お互いライバルな訳だしさ」
ナターリアは不思議そうな表情をした。ミハトは何かを気遣っている。そう感じたのだ。
「エセル様〜、ミハトちゃんで〜す!」
ミハトは呼び鈴を鳴らす。だが、返事は無かった。暫くしてエセルの声がした。
「今、開ける…」
すると、下はジーパンを穿いていたが、上半身は裸のままタオルを引っ掛けたエセルが扉を開けた。髪に雫が散らされている。シャワーでも浴びていたのだろう。
「悪いな。シャワーを浴びていたんだ」
褐色の肌に引き締まった身体のライン。細身だが、決して貧弱などではなく、バランスの良い筋肉のつき方をしていた。
「……!」
ナターリアは真っ赤になって身体をくるりと反転させた。
「じゃあ、お邪魔しようぜ。――ナーちゃん?」
「あ…あの…ふ、服を…」
「――?どうかしたか、ナターリア?」
エセルは悪気無く問いかける。
「ど…どうもしません。ただ…は、恥かしいのでお洋服を着て下さい!」
そこでようやくエセルは理解した。
「わ、悪い!気がつかなくて…」
慌てて手に持っていた替えと思われるTシャツを着た。
「じゃあ、上がってくれ」
「「お邪魔しま〜す!」」
中は淡いブルーの壁紙が貼られてiいた。通された部屋は南にある居間だ。やはり淡いブルーの色彩に彩られている。ソファに座るように促され、大人しく座るナターリア。
「じゃあ、俺、お茶淹れて来ます。エセル様とナーちゃんは世間話でもしておいてください」
そう言うとミハトは下に降りていった。ナターリアは気まずそうにスカートの裾をぎゅっと掴んだ。
「…さっきは悪かったな。どうも俺は、女子に対して配慮に欠けているらしい…」
「あ、いえ…そんな。私も少しビックリしてしまっただけですので…その、私には弟がいるのですが、弟はあまり素肌を見せないものですから…」
「まぁ、普通だな。アンタの弟だったら《スペード》じゃないだろ?」
「はい。弟は、癒しの力を持っているので《ハート》に…」
エセルは少し考えて、ああ、と言うように思い至った。
「ヒュークリッドと組む事になったヤツだな。確か、そいつも白い頭してた」
「…はい、そうです。弟も私と同じ白い髪で…」
急にナターリアが悲しそうに沈む。
「どうかしたか?もしかして俺、ヘンな事でも言ったか?」
「いえ…その…私の髪、エセル様はどう思われますか?」
「髪?長くて癖も無くて…綺麗なんじゃね〜か?」
「本当ですか?!」
「…あ、ああ」
その途端、ナターリアは頬をバラ色に染め、両の手を頬に添えて嬉しそうに微笑んだ。
「急に落ち込んだかと思えば急に笑う。…やっぱ、女子はわかんね〜な」
「ふふっ…」
(だって、嬉しいんですもの…)
少しだけ開かれた扉。その隙間からは見たくない光景が見えた。
「――アッくん?エセル様に挨拶するんじゃなかったの?」
「…もういい」
「アッくん?」
持ちにくいだろうと言って代わりに持ってやっていたケーキの皿を無理やりにミハトの持つトレイの端に載せて階段を降りた。
「あ〜あ、拗ねちゃったよ…」
ミハトは目の前の閉じかけの扉を見て、唇をわずかに震わせるような発声で呪文を唱える。
「風よ、疾く来たりて我が眼前の道を拓け≪開≫」
すると、扉が自動的に開く。この魔法は障害物を弾く魔法をミハトなりにアレンジした便利魔法で、バイトの為に開発された。実は魔法が既にいくつか使える事は秘密だ。
「お待たせしました〜」
「すまない、ミハト」
エセルがスッと立ち上がるとトレイの上にかろうじで載っている皿を取ってテーブルの上に置いた。
「いえいえ。はい、エセル様はアールグレイのミルクティー。ナーちゃんはアプリコットのストレート。で、俺はコーヒーね」
ミハトはそれぞれの好みに合わせて飲み物をチョイスして来たらしい。
「ケーキはウォールナッツとドライフルーツのケーキだよ」
「ミハくんのケーキ、すごく美味しいんですよ」
「ミハトの手作りなのか?これ…」
エセルが不思議そうにする。
「そうですよ。エセル様も食べてくださいね。適度な糖分は頭を働かせるのに良いんです。そんなに甘くしてないから平気ですよ?」
ミハトはにっこりと笑う。
お茶をしながら色々な話をした。特にミハトのバイト経験に対してエセルは興味があるようだった。
「バイトって…楽しいのか?」
「…ん〜。まぁ、楽しいのもあるし、しんどいのもありますけど、自分に返りがあるから平気です。金銭だけじゃなくて、為になる――まぁ、何事も経験、苦労は買ってでもしろって昔から言うでしょ?やってて楽しいのはオークションの鑑定とか…」
「あ、そうだわ…!ミハくん、今日ウチの寮に来てくれる?」
突然、ナターリアが言い出した。
「何?」
「同じ寮のお友達が自分の持ち物の中でオークションに出品するものを探しているの。どれを出品するか悩んでるみたいだったから、少し見てあげてもらえないかしら?」
「うん。良いよ」
食べ終わった皿をそれとなく片しながら、ミハトは課題の話に切換える。
「昨日見つけた場所、地図で確認しましょうよ。エセル様、島の地図とかって持ってます?」
エセルはサイドボードから地図を取り出した。
「使い古しで悪いな」
そう言って開いた地図には様々な印が付けられていた。
「印は既に付けてある。ここだ」
エセルが指差した場所は学園から見て東南の方角。
「ここにエルンドラの巣と思われる場所があった。小さな洞窟というより、木の虚の中といった風情だ。罠として用意したネズミはこの周辺に3つ仕掛けて来たが、どれもやられていた」
「残念なのは俺達が居る時に出てくれなかったって事です。まぁ、手応えがあっただけマシだけど」
「這ったような跡も確認できたし、近くの木にウロコが付いていたのもあって、この場所が巣だと確定した。昼間、奴等の動きが鈍くなって居る時を狙って、それを叩く!」
エセルが机をドンと叩く。ナターリアはビクッとする。
「あ、悪い…」
「いえ…。では、明日?」
「月の曜日、だな?」
「地の曜日と陽の曜日は学内施設はほぼ休館。演習も休みですから」
「でも、そういう規則はないはずだわ」
ナターリアは反論する。
「残念だけど。俺、バイトなの。だから、明日と明後日は演習に参加できないの。だから、休日は休日。ねっ?」
「急ぐ事はない。休めるうちは休んでおけ」
「はい…」
ナターリアは一刻も早く自分も役に立ちたかったのだが、そう言われてしまうと引かざるを得ない。それに、ミハトが居なければこのパーティーが上手く機能しない事も薄々気付いている。エセルと2人では、上手く会話を続けられる自信がナターリアにはなかった。
「そうだ。ナターリア、『月光蝶』の事、調べてくれたんだって?」
エセルが優しく話し掛ける。ナターリアが沈むとどうやら不安になってしまうらしい…。(泣かれると困るから)
「…ナーシャです」
「「えっ?」」
エセルとミハトは同時に驚く。
「ナーシャって呼んで下さい…!」
俯いて真っ赤になるナターリア。ミハトは大きな猫のような目を細めた。
(ナーちゃん…)
「ナー…シャ?」
「はい!」
(どうやったらナターリアが『ナーシャ』になるんだ?…まぁ、いいか。本人がそう呼んでくれって言うんなら…)
「じゃあ、ナーシャ。聞かせてもらえるか?」
『椿亭』でのミーティングが終わると、ミハトはナターリアの頼みで女子寮に行く事になった。
女子寮は男子寮と違ってセキュリティが厳しい。入り口でチェックされるのだ。だから、用もないのに訪問する事は基本的にない。ナターリアの弟であるアレクサンドは頻繁に訪ねているが、姉に会いに来ているという理由だけに止められる事は殆どない。
「ミハくん、こっち」
ナターリアと演習について話し合うという名目でミハトは女子寮を訪れた。案内されたのはナターリアの部屋ではなく、一番簡素な部屋が並ぶフロアー。しばらくすると部屋の住人が戻ってきた。
淡い紫の髪をした少女、彼女は編入生だ。同じく編入生だと思われる黒髪の少年と銀髪の少年と一緒に居るのを見た事がある。
「こちらは、ミハくん。弟のお友達なの」
「どうも、ミハト=ロジュ・ブルーって言います」
にっこりと笑う。目線がほぼ同じくらいだ。
「セレナ=モンラルトです」
セレナは礼儀正しく挨拶をする。
(あ、結構可愛いかも…)
「セッちゃんか」
「ミハくん、セレナさんの持ち物でオークションに出せそうなものを鑑定してあげて欲しいの」
「か…鑑定…するほど価値のあるモノは、私、持ってないと思うよ…」
ミハトは人差し指を立てて左右に振った。
「あのね〜、『学内オークション』は何も単なる骨董品や美術品を売買するんじゃないんだ。例えば、今日俺がゲットしたエセル様のペン。これなんか絶対、軽く500Rはするぜ」
「ミハくん!勝手に持ってきちゃったの?」
「えっ?まぁ、半永久的に借りただけだよ」
「ミハくん!」
ミハトはナターリアが注意する事にまるで耳を貸さない。
「さぁ、お宝を探しましょうか?」
「えぇ…」
セレナの部屋に入ると、ミハトは様々なものを物色し始めた。
「これなんか良いんじゃない?」
そして、ミハトが取り出したものはボロボロになった絵本だった。
「この本、初版だし…痛んでる分を差し引いても多分、かなりの値が付くよ」
それは『おしゃまな魔女姫リリィ』という彼女が幼い頃に読んでいたらしい絵本だった。実はこれは、かなりマニアなファンがついている有名な絵本なのだ。
「どれくらい…?」
「ん〜…多分、1500〜2300ってトコだな。もし、これが幻の黒背表紙本ならもっとするだろうけど…」
「そっか…でも、凄い…こんな古い本でそんな値段がつくの」
「マニア垂涎ってヤツだよ」
セレナはこの本をオークションに賭ける事にしたようだ。
「あのさ、鑑定料代わりに教えてほしい事があるんだけど」
「えっ?何?」
「あんたの連れの銀髪のヤツ。黄金色の瞳をしてるって事は聖なる武具か装飾品の持ち主なんだろ?」
「ううん…多分、違うと思う。だって、何も身に付けてない時も黄金の色をしていたもの」
「へぇ…問題発言聞いちゃった♪」
ミハトがにやりと意地悪く笑う。セレナはその言葉の意図に漸く気が付いて慌てて顔を赤くした。
「違います!別にヒビキくんとは何もないんだから!偶然、事故で…見ちゃっただけなんだから…」
セレナの顔はみるみる内に赤くなった。
「わかったって。そんな風に勘繰ってゴメン。」
ミハトは頭を下げた。
「じゃあ、俺そろそろ帰るわ。アッくんが待ちくたびれて、不貞寝してると困るから☆」
「ありがとう」
「ありがとう、ミハくん」
「いえいえ。親愛なるナーちゃんの頼みですから」
ミハトは手をひらひらさせながら部屋を去った。
ミハトが部屋に戻ると部屋の中は真っ暗だった。
(アッくん、まだ帰ってきてないのかな?)
共有スペースである居間は暗いが、寝室は扉が閉まっているので、もしかしたら中に居るのかもしれない。
「アッくん?」
ミハトは扉を開けて中を覗く。やはり真っ暗だ。もしかして寝ているのかと思ってベッドの方に近付いてみると…。
「うわっ…!」
不意に、腕を引かれてベッドの上に放り出された。
「ちょっ…何すんだよ!」
「うるさい。静かにしろ」
馬乗りになられて口を押さえられたので、ミハトは思いっきり噛みついてやった。
「痛っ…!」
相手が怯んだ隙に上半身を起こして、逆に斜め下から相手の身体を押し上げるようにして体勢を入れ替えた。今度はミハトの方が相手に乗り上げる形だ。
「…アッくん。何が気に入らないか知らないけど、俺に当たるのはやめてよね!」
「……」
「俺、大人しくサンドバックになってあげられるほどお人良しじゃないよ?」
アレクサンドは顔を隠すように両腕を顔の上で交差する。
「ナーちゃんにはナーちゃんの世界があるの。アッくんにアッくんの世界があるようにね」
「…そんなの!そんなの無ぇよ!
俺の世界にはナーシャだけ!
ナーシャだけ居てくれたらそれで良いんだ!」
アレクサンドはどうやら泣いているらしい。声が微妙に震えていた。
「でも、ナーちゃんは新しい世界を見ようとしてる。それを邪魔するのはただのエゴだよ?」
「うるさ…」
「――寂しい気持ちは解るよ?でも…アッくんも世界が広いって事、そろそろ知らなきゃいけない時期が来たんだよ」
「俺は…!俺は…」
ミハトはやんわりとアレクサンドの腕を解く。やはり泣いていた。
「あ〜あ、勿体無い」
そう言って涙に濡れた頬をペロリと舐めた。
「あ、やっぱしょっぱいね」
「――っ!お、おま…!」
「『癒しの涙』って言っても普通に涙の味がする。これって実際に味わってみないと判らない事だよね?」
ミハトが微笑う。
「世の中には知らなきゃ解らないものがいっぱいあるんだよ。だから、アッくんも世界を広げなきゃ…」
ミハトはうう〜んと伸びをしてアレクサンドの部屋を出ようとして、扉のところで立ち止まる。
「アッくん、パスタならすぐにできるけど…ミートソース?それともツナと大根おろし?」
「ツナと大根おろし…」
「了解。すぐに作るよ…」
アレクサンドはそれまで入っていた肩の力が抜けて、少しホッとした気分になった。何故か解らないが、ミハトに対して傍若無人な態度を取っても、それが無条件で許されると彼は無意識に認識していた。それは頑なな心を預け始めた証拠でもあった。
「恋愛初級ライセンス」の第2弾です!
今回はナターリアの弟のアッくんことアレクサンドがついに出ましたね!
あと、書いていてやはり僕はエセル様とミハトちゃんが好きだって思いました。
小さいのに頑張る二人が好きです。